/ PROJECT NOTE

健康がすでに整っているとき、次に何を改善するか。

食事、睡眠、運動がすでに整っているとき、健康のための次の出費で、どれほどの上積みが得られるのだろうか。

最近、Project 160 のためにサプリメントの取り方を見直し始めた。

健康と長寿には、以前から強い関心がある。この数年、食事や運動に加えて、さまざまなサプリメント、アーシングマット、赤色光の照射器、ビタミンA系のスキンケア、ドライブラッシングなどを試してきた。へそにひまし油を塗るという、都市伝説めいた方法まで含まれる。

科学的な根拠の確かさに差があることは承知している。それでも、新しい方法を探ることには比較的オープンでありたい。Project 160 は、そもそも N=1 の長期実験だからだ。

そこで、AI と一緒に、改めてサプリメントを調べることにした。

ビタミン、魚油、クレアチン、コエンザイムQ10、マグネシウム。用量、成分、吸収率、ヒトを対象とした研究を調べた。後には Bryan Johnson のサプリメントも表にまとめ、一つずつ比較した。

議論から得るものは多く、実際に自分のサプリメントのリストを決め直すことができた。

ただ、そのリスト以上に価値があったのは、話し合ううちに浮かび上がってきた別の問いだった。

私たちは、何を最適化しているのか。

ビタミンCやDについて話す際、AI は日本の厚生労働省などが定める推奨摂取量を何度も引用した。

こうした基準には、もちろん意味がある。壊血病のような重い栄養欠乏の予防だけを目的としたものでもない。

ただし、それらが主に扱うのは一般集団の栄養需要と健康リスクであり、私が知りたいのは別の点だった。

栄養不足を避けるだけでなく、健康寿命をできる限り延ばしたいとき、私たちは「最適」について、どこまで分かっているのだろうか。

推奨摂取量と、長寿に最適な量は同じとは限らない。一方で、多く取るほどよいという根拠もない。

これは栄養学を否定したいわけではない。その適用範囲と、老化についてまだ分かっていないことの多さを認めるということだ。

それ以上に気になり始めたのは、比較的優先度の低い部分に、注意を向けすぎているのではないかということだった。

食事、睡眠、運動、医療、そしてリスク管理。こうした基礎が長期的な健康に与える影響には、豊富な根拠がある。

それに比べ、多くのサプリメントがどれほどの追加的な健康効果をもたらすかには、なお大きな不確実性がある。

仮に、健康上の利益の95%がこうした基礎から得られるとする。もちろん、この95%は優先順位を説明するための仮定であり、科学的な統計値ではない。

それなら、次のサプリメントを調べる前に、基礎の部分にどれだけ改善の余地があるかを確認すべきではないだろうか。

もっとも、それで問題が単純になったわけではなかった。

基礎が大切でも、高級版の価値は別に考える

食事がとても大切だとしよう。

では、普通の牛肉を、はるかに高価なオーガニックの牧草飼育牛肉に替える価値はあるだろうか。

睡眠がとても大切だとしよう。

では、温度を自動調節できる高級マットレスを買う価値はあるだろうか。

運動がとても大切だとしよう。

では、高額なパーソナルトレーナーを雇う価値はあるだろうか。

サプリメントとは無関係に見えるこの三つの問いも、本質は同じだ。

牧草飼育の牛肉は脂肪酸組成が異なる場合がある。温度調節が睡眠を改善する人もいる。指導を受けるトレーニングが、完全な独学より効果的な場合もある。

いずれも、根拠なく作られた概念ではない。

例えばオメガ3。牧草飼育牛肉には、穀物飼育牛肉より多く含まれることがある。しかし、食品100g当たりの該当するオメガ3脂肪酸を同じグラフで比べると、脂の多い魚との違いに比べ、牛肉同士の差は小さいことが分かる。

穀物飼育牛肉、牧草飼育牛肉、大西洋サーモンのオメガ3を食品100g当たりのmgで比較

牛肉は Harvard Nutrition Source が引用する USDA のデータで、ALA+EPA を比較している。サーモンは USDA/Endotext の加熱済みサーモンの EPA+DHA。すべて可食部100g当たりに換算しているが、生・加熱済みの違いや脂肪酸の種類が完全には一致しないため、量の桁を比較する図であり、条件を厳密にそろえた栄養実験ではない。部位、脂肪量、飼育条件でも結果は変わる。データ:Harvard Nutrition Source、Endotext / NCBI。

科学的根拠のある介入でも、すべての人に同じ価値があるわけではない。

運動をまったくしない人には、適切なトレーナーが運動習慣をつくる助けになるかもしれない。

一方、長年定期的にトレーニングを行い、自分で計画を立てられる人には、高価な指導を継続する追加的な利益は、かなり小さいかもしれない。

暑くて頻繁に目が覚める人には、温度調節マットレスが実際の問題を解決するかもしれない。

すでによく眠れている人の長期的な健康を、さらに改善するかは、それほど明確ではない。

サプリメントも同じだ。

栄養欠乏を補うことと、すでに十分な状態から摂取量を増やすことは、異なる介入である。

前者の確かな利益を、後者にもそのまま期待してしまいやすい。

ここで関わってくるのが、経済学の基本的な概念だ。限界便益。

不健康な状態から健康になることは、大きな進歩になり得る。

では、健康な状態から、より緻密で高価な健康管理へ進むとき、追加の投資からどれほどの利益が得られるのだろう。

健康への投資が増えるにつれ、追加的な利益が緩やかになり得ることを示す概念曲線

概念図であり、人の健康効果を実測した曲線ではない。介入によって曲線の形は異なり得る。

それこそが、本当に問いたかったことだ。

「情弱商法」という一言では、単純すぎるかもしれない

ネット上の健康商品の評価は、両極端になりがちだ。

一方には「必須」「絶対買うべき」「究極のアンチエイジング」がある。

もう一方には「まったく無意味」「ただの情弱商法」がある。

現実は、その間でもっと複雑なことが多い。

コエンザイムQ10を例に考えてみる。

ミトコンドリアのエネルギー代謝に重要な役割を果たすことは、確かな生物学的事実だ。

ただし、体に必要な物質であることから、健康な人が追加で摂取すればミトコンドリア機能が改善する、まして寿命が延びるとまでは言えない。

一方で、十分な長期臨床データがないことから、無価値だと証明されたとも言えない。

区別すべきなのは、次の三段階だ。

生理作用はあるか。追加摂取で実際の健康効果が得られるか。その効果は自分にも当てはまるか。

この三つは、自動的に同じ答えにはならない。

「情弱商法」と呼ばれるものも、まったく作用のない商品だけではないのだろう。

実際に効果があっても、小さかったり、特定の集団だけに当てはまったりすることがある。それを売り手が、誰にでも大きな健康効果があるかのように見せる。

支払う高額な価格と、実際に得られる追加の価値が釣り合わない。

逆に、寿命を延ばすと証明されていない商品にも、購入する価値はあり得る。

快適さが大きく向上したり、運動への意欲が増したり、長年の睡眠の悩みが解決したりするなら、延命年数に換算できなくても、合理的な買い物になり得る。

だから、商品ごとに「有用」「情弱商法」と札を貼るより、知りたいのは次のことだ。

何の問題を解決するのか。効果はどの程度か。誰に適しているのか。どんな代償があるのか。

長寿は、終わりのない買い替え競争ではない

こうした問いを並べるうちに、別の可能性が見えてきた。

生活習慣がすでにある程度整っているなら、次に大切なのは、あらゆる分野で高級な道具を買い続けることではないのかもしれない。

自分の健康を本当に制約しているものを見つけることだ。

食事がすでに十分よいなら、より高価な食材を追い求めることが最優先とは限らない。

睡眠に明らかな問題があるなら、新しいサプリメントより、睡眠環境の改善のほうが意味を持つかもしれない。

基礎がすでに整っているなら、定期的に確認し、長期の変化を観察すること、あるいは何も追加しないことも、合理的な選択になり得る。

もちろん、健康への投資すべてに即効性を求めるという話ではない。

Project 160 の目標を考えれば、十分には検証されていなくても、科学的な筋道がある先端的な試みに、今後も関心を持ちたい。

ただ、今後はより明確に区別したい。

有効性が示された介入、これから検証すべき仮説、そして個人的に試してみたい実験。

三つは共存できる。ただし、混同せずに扱いたい。

それでも、サプリメントは続けるのか。

もちろん、続ける。

今回の議論を受けて、買ってあったサプリメントをすべて返品したわけではない。

健康的な生活が、食べる、眠る、運動するだけで完結するとも思っていない。

人類の老化への理解は、まだ限られている。Project 160 では、現在の健康指針に従うとともに、科学の新たな進展も追い続けたい。

ただ、次の健康投資を判断する基準が、一つ増えた。

「効くか」「論文があるか」だけではない。

問いたいのは、こういうことだ。

今の自分の健康状態を出発点に、この介入は、どんな追加の価値をもたらすのか。

価値が明確なら、投資する価値がある。

根拠が十分でなくても、期待される利益が興味深く、リスクと費用を管理できるなら、探索として取り組んでもよい。

複雑さが増すばかりで、何が改善するのか説明できないなら、今は見送るほうがよいのかもしれない。

Project 160 は長期実験であり、健康商品を最も多く買う競争ではない。

もちろん、将来の医療がもたらす大きな進歩を見られるくらい、長く生きたい。

それまでの一つ一つの健康投資も、興味を引くものを見つけるたびにリストへ追加する習慣から、意識的な選択へと近づけていきたい。

健康を最適化する目的は、よりよく生きること。生活そのものを、永遠に終わらない最適化作業にしないことだ。

少なくとも、今回の議論を通じて今のところ得られた答えは、これだ。

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